子どもたちの読書の時間: 9 分
兵士はくびになって暮らしをたてるものがなく、どうしたらよいかわかりませんでした。それで森へ入って行きしばらく歩いていると、小人に出会いましたがその男は悪魔だとわかりました。小人は兵士に「どうしたのかね?とてもしょんぼりしているね。」と言いました。それで兵士は、「腹が減ってるのさ。だが、金がない。」と言いました。悪魔は言いました。「おれに雇われて仕えれば、一生食っていけるようにさせるぞ。七年仕えてそのあとは自由の身にしてやるよ。だが一つだけ言っておくぞ、それは、体を洗ったり、櫛を当てたり、ひげを切りそろえたり、髪や爪を切ったり、目から出る水をぬぐってはいけないということだ。」兵士は、「そうするしかないんなら、いいですよ。」と言い、その小人と一緒にでかけましたが、小人は兵士をまっすぐ地獄に連れていきました。
そこで小人は何をしなければいけないか兵士に話しました。地獄がゆを煮ている釜の下の火をかきおこし、家をきれいにし、掃いたごみをみんな戸の後ろにやり、なんでもきちんとしておかねばならない、しかし、釜の中を一度でものぞいたら、まずいことになるぞ、というのでした。兵士は、「わかった、気をつけよう」と言いました。すると悪魔はまた旅に出かけました。兵士は新しい仕事にとりかかり、火をおこし、ゴミを戸のかげにしっかり掃いて、言われた通りにしました。
おなじみの悪魔がまた戻ってくると、全てが言いつけどおりにやられたか見てまわり、満足そうにして、また出かけて行きました。さて兵士は周りをよくよく見てみました。釜は地獄中にあり、その下にすごい火が燃え、釜の中ではぐつぐつぼこぼこ煮えていました。兵士は、もし悪魔があんなに念を押して禁じなかったら、釜の中を覗くために何でもさしだしたでしょう。
とうとう、もうがまんできなくなって、兵士は最初の釜のふたを少し上げて、中を覗きこみました。するとそこに以前の上官だった伍長がいました。「へえ!おなじみの野郎だ。」と兵士は言いました。「ここであんたに会うのか?昔はおれを好き勝手にしやがったが、今度はこっちの番だ」そうしてさっさとふたを下ろすと火をかきおこし、新しい木をくべました。
そのあと二番目の釜に行き、そのふたも少し上げ、中を覗きこみました。そこには以前の少尉がいました。「なるほど!おなじみ野郎だ。ここにいるとはね。昔はおれを好き勝手にしやがったが、今度はこっちの番だ」兵士はまたふたを閉め、べつの木をとってくべ、うんと熱くしました。
そうして三番目の釜に誰が入っているのか見たくなりました。すると、なんと大将が入っているではありませんか!「へえ!おなじみ野郎だ、ここで会うとはね、昔はおれを好き勝手にしやがったが、今度はこっちの番だ」そうして兵士はふいごをとってきて、大将の真下で地獄の火をごうごう燃え盛らせました。
そうして兵士は地獄で七年間仕事をし、その間体を洗わず、髪に櫛を入れず、ひげを切りそろえず、髪や爪を切らず、目から出る水を拭いませんでした。兵士には七年はとても短く感じられ、たった半年くらいに思えました。さて、その期間がすっかり過ぎてしまうと悪魔がやってきて「さて、ハンス、お前は何をしてきたかね?」と言いました。「おれは釜の下の火をかきおこし、戸のかげにゴミをみんな掃き出してきた。」
「だが、お前は釜の中も覗いたろうが。新しい木を足したのはよかったよ、さもないと命が無くなっていたんだぞ。もう期限が過ぎたから、お前は帰るのか?」「ああ、そうだ」と兵士は言いました。「父親が家でどうしてるのか見たいからね。」「稼いだ手当てを受け取るのに、背のうにごみをいっぱい詰めて、それを持って帰れ。それに、体を洗わず、髪に櫛を入れず、髪やひげを長くのばしたままでいかなくてはならんぞ。それで、どこから来たか?と聞かれたら、地獄からと答えるんだ。お前は誰だ?と聞かれたら、私の王でもある悪魔のすすだらけな兄弟だ、と答えるんだぞ。」と悪魔は言いました。
兵士は文句を言わず悪魔が言いつけた通りにしましたが、手当てには全く満足しませんでした。そうして、地獄から上がってまた森の中に来るとすぐ、兵士は背中から背のうを下ろし、中身を捨てようとしました。ところが開けてみると、ごみは本物の金貨になっていました。「こんなことだとは思っていなかったよ。」と兵士は言って、とても喜び、町に入って行きました。
宿の主人は宿屋の前に立っていて、兵士が近づいていくのを見るとぎょっとしました。というのはハンスの見た目はとてもひどく、かかしより悪かったからです。主人は兵士に呼びかけて、「どこから来たんだい?」と言いました。「地獄から」「あんたは誰だい?」「私の王である悪魔のすすだらけな兄弟だ」すると主人は宿に入れようとはしませんでしたが、ハンスが金貨を見せると、やってきて自分で戸を開けました。そこでハンスは一番良い部屋と食事を頼み、腹いっぱい飲んだり食べたりしました。しかし、悪魔の言いつけどおりに体を洗わず櫛を入れないで、とうとう横になり眠りました。
しかし、宿の主人は目の前に金貨が詰まった背のうがあるので、落ち着かなく、とうとう夜の間に忍んでいき盗みました。次の朝、ハンスは起きて、主人に宿賃を払い旅を続けようとしたところ、なんと背のうがありませんでした。しかし兵士はすぐに落ち着きを取り戻し、(自分のせいではないのに災難にあってるんだ)と考えました。
そうしてまっすぐ地獄に戻ると、おなじみの悪魔に災難のことをうったえて、助けを求めました。悪魔は、「腰をおろせ、お前の体を洗い、櫛をあて、ひげをそり、髪や爪を切り、目を洗ってやろう。」と言いました。
それを終えると、悪魔はまたごみがいっぱい詰まった背のうを渡し、「宿の主人のところに行って、『金を返せ、さもないと悪魔が来てお前を連れていくぞ、おれの代わりに火をかきおこすことになるぞ』と言ってやれ。」と言いました。ハンスは地上に出て宿の主人に、「おれの金を盗んだな。金を返さなければ、おれの代わりに地獄に下りて、おれと同じように身の毛もよだつ有様になるぞ。」と言いました。すると主人は金を返しただけでなくもっと付け足してよこし、このことは内緒にしてほしいと頼みました。そうしてハンスはもう金持ちになりました。
ハンスは父親のところへ帰っていきましたが、粗末な上っ張りを買って着て、音楽をやりながら、あちこち歩いていました。音楽は地獄で悪魔と一緒だったときに習い覚えたのです。
ところで、その国に年とった王さまがいて、ハンスはその王さまの前で演奏することになりました。すると王様はハンスの演奏にとても喜んで、一番上の娘を妻に与えると約束しました。しかし、その娘は、上っ張りを着た身分の卑しい男と結婚させられると聞くと、「そんなことをするくらいなら、一番深い水の底にとび込みたいわ。」と言いました。それで王様は一番下の娘をハンスに与えました。その娘は父親のためならと喜んで承知しました。こうして悪魔のすすだらけな兄弟は王さまの娘を妻にし、年とった王さまが亡くなると、その国もまるまる手に入れました。

背景情報
解釈
言語
この物語は、グリム兄弟によって記録されたドイツの民話「悪魔の煤けた相棒」に基づいています。物語は、仕事を失った兵士が悪魔と契約を結び、地獄で働くことで人生が一変するというストーリーです。
物語の主な流れは次のとおりです:
出会いと契約: 仕事を失い金銭的に困窮していた兵士が森で悪魔に出会い、悪魔に仕えることを条件に一生食べるのに困らない生活を約束されます。条件には、7年間体を洗ったり髪を整えたりしないことが含まれます。
地獄での仕事: 兵士は地獄で火をおこしたり掃除をしたりする仕事を与えられますが、釜の中を覗かないようにとの警告を受けます。しかし、好奇心にかられた兵士は釜を覗き、そこに彼がかつて仕えていた上官たちがいることを発見し、復讐を果たします。
帰還と報酬: 7年後、悪魔からごみが詰まった背のうを持たされ、体を洗わずに旅を続けよと指示されます。宿屋の主人に金を見せたことで宿を取ることができますが、夜中に金を盗まれてしまいます。
結末と報い: 再び悪魔のもとに戻った兵士は助けを求め、きれいに身繕いしてから再挑戦。宿屋の主人を脅して金を取り返し、最終的に大金持ちとなります。王様の前で演奏し、その結果として王女と結婚し、国を手に入れることで物語は締めくくられます。
この物語は、人間の好奇心や誘惑への弱さ、そして運命のいたずらを描いています。また、最後には彼が正義感を持って金を取り返し、成功を収めるという道徳的な教訓が込められています。物語の背景には、19世紀のヨーロッパにおける社会構造や階級間の緊張感が反映されていると言えるでしょう。
この物語はグリム兄弟の「悪魔の煤けた相棒」という童話です。この物語では、退役した兵士が困窮している中で悪魔に出会い、契約を結ぶことから始まります。兵士は悪魔の指示に従い、体を洗わず、髪を整えずに地獄での仕事に従事します。
物語のポイントは以下の通りです:
出会いと契約:貧しい兵士が悪魔と出会い、地獄で7年間働くという契約を結びます。この契約の条件として、体を整えることを禁じられます。
地獄での仕事:兵士は地獄での過酷な環境の中で働き、釜の中を覗く禁忌を破りますが、その行動が結果的に彼の恩恵となります。
ごみの変化:悪魔からの報酬として渡された背のうの中のごみが、現実世界に戻ると金貨に変わっていることがわかります。
再び地上での試練:宿の主人に金貨を盗まれるという試練に遭いますが、再び地獄を訪れて助けを求め、見た目を整えてから主人の元へ向かうことで金貨を取り戻します。
最終的な成功:兵士は音楽の才能を示すことで王女との結婚を果たし、最終的には国を手に入れるという成功を収めます。
この物語は逆境を乗り越える勇気と知恵、また契約と報酬の意味を考えさせられる内容となっており、教訓的な要素が含まれています。兵士の変貌は見た目だけでなく、その内面の成長も示していると解釈できます。
「悪魔の煤けた相棒」はグリム兄弟によって集められた童話の一つであり、この物語にはいくつかの興味深い言語学的および文化的要素が含まれています。以下にその分析を示します。
言語的分析
登場人物と指示語: 物語には主に兵士(ハンス)と悪魔、小人として描かれる悪魔の使いが登場します。指示語を使用してキャラクターに言及し、読者を物語に引き込んでいます。
会話と直接話法: 会話が豊富に含まれており、直接話法を効果的に使用してキャラクターの個性を浮き彫りにしています。このことで、登場人物の心情や動機がより明確に伝わります。
反復表現: 兵士が釜を覗くシーンでは、「おなじみの野郎だ。」というフレーズが反復され、展開にユーモアとリズムを与えています。
文化的分析
モラルと教訓: 物語は道徳的な教訓を持っています。兵士が最後に報われるのは、誠実さと機転、そして悪魔との契約を忠実に守った結果であり、努力が報われるという教訓を示しています。
社会階級の描写: 兵士の経済状態や地位の変化が描かれ、当時の社会における階級の流動性や、財産と結婚の関係が示されています。
地獄の比喩: 地獄というテーマは、中世のキリスト教的な世界観を反映しています。善悪の報いと地獄の処罰が強調され、倫理的なメッセージが含まれています。
ファンタジー要素: 魔法のような出来事、悪魔との契約、金貨への変化など、ファンタジーの要素が物語の中核をなし、現実離れした冒険の感覚を読者に提供しています。
全体の構成
物語の構成は順序立てられており、兵士の視点から見た試練と成長、そして最終的な報酬を描く典型的な冒険譚になっています。これにより物語は、困難を乗り越えることで得られる希望と成功というテーマを強調しています。
このように、「悪魔の煤けた相棒」は、言語と文化の両面から非常に豊かな物語であり、読者に様々な教訓や楽しみを与える構造となっています。